高校野球100年の歴史! 〜戦後、すぐに甦った高校野球〜

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高校野球歴史|戦後、すぐに甦った高校野球

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二次世界大戦が終わるとともに、高校野球(当時は中等学校野球)は、
 他のスポーツに比べても、凄まじい早さで、甦っていった。

 

 

 

 翌年には、夏の大会が、すぐに開かれているのである。

 

 

 

 しかも、全国で予選に参加した学校数は、
 戦前の一番多い時期より、1割増となっており、
 大会が中止されてから5年の間、いかに、野球に飢えていたかを示すものだが、
 よくも短期間の間に、チーム編成、用具の確保などが、
 行われたものだと、感心せざるを得ない。

 

 

 

 ちなみに、当時甲子園球場は、進駐軍に接収されていたため、
 会場となったのは、同じ市にある、西宮球場だった。

 

 

 

 1947年春には、センバツ大会も復活するのだが、GHQからは、
 「日本一を決める大会は、2つも要らないだろう」 と、横やりが入れられた。

 

 

 

 政治ならいざ知らず、他人の国のスポーツの歴史に、
 ケチをつける資格はないはずだが、関係者の努力の結果、無事開催にこぎつけた。

 

 

 

 1948年には、それまでの、中等学校5年、高等学校3年という制度から、
 中学校3年、高等学校3年と、日本の学制が大きく変更され、
 大会名も、高等学校野球大会になった。

 

 

 

 さらにGHQは、高校を総合化することを指示したので、
 戦前からの名門校である、広島商や松山商などが、
 近隣の普通科高校に統合されて、消滅した。

 

 

 

 その後、OB達の反対運動もあり、再び分離独立するわけだが、
 今年のセンバツに、松山東高校が出場した際、
 優勝経験があるとの話があったのは、この統合している時代に、
 商業科の生徒たち(要するに松山商)によって、全国制覇した時のことを指している。

 

 

 

 統合期間中の戦歴を、どちらの高校のものとしてみなすかは、
 意見の分かれるところで、とんだ迷惑としか言いようがない。